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ホスティング

夜咄

もっぱら創作小説取り扱い。2次もちょこっと。R15テキストには年若い方の閲覧を推奨できない表現がありますので、閲覧の際はご注意ください。まずは「はじめに」をご覧下さいますようお願い致します。

しろがね


 何処の国のいつの時代か、その村には不思議な習わしがありました。何十年にか一度生まれる“白い子供”──神の御子に、心身の穢れを浄めて貰うのです。役目を終えた御子は神の御許へとお返しする……いつから続いているのかもわからない、それは村の大切なしきたりでした。
 ある時この村に、ひとりの行商人がやって来ました。

  *

「おや、カイちゃんどこへ行くね」
 宿の女将が声をかけました。カイと呼ばれた子供は振り返ると、
「父さんがそろそろ帰ってくるから、そこらまで迎えに行く」と笑顔で答えました。
「外は危ないよ、まだ日もあるし、ここで待っておいで」
 女将は気遣わしげにそう言いましたが、カイは大丈夫、という風に手を振ると、戸口を押し開け外へと出て行ってしまいました。
「カイというのがあの子の名前か。てっきり女の子かと思っていたが」
 その場に居合わせた客の言葉に、女将は呆れたように
「女の子だよ。見ればわかろうが」と答えました。
「きれいな子供だよ、本当に……まだ十かそこらだろうねえ。あのなりじゃわかるまいが、肌も真っ白なんだよ。目の色も変わっていてね、光の具合で赤く見えるんだ。あんな体でなければ、末はどこぞかのお大尽に見初められて、玉の輿も夢じゃなかろうに」
「行商人の娘だったかね」
「そうだよ、言っちゃなんだが、まるで似てない父子だよ」
 女将が肩をすくめるようにしてそう言った頃、カイは両脇に抱えた杖を交互に進めながら、通りをゆっくりと歩いていました。
 歩いていた、というのは正しくないかも知れません。あんな体、と女将が言ったのは、カイの両足がほとんどその役を為していなかったからです。それはただ引きずられているばかりでした。
 またカイの肌はあまりに白すぎたため、日の高いうちは往来に出ることができませんでした。日に当たると火傷のようになってしまうのです。それでカイは全身を布で覆って、日の光を遮っていました。
 往来では人が物珍しそうに見ましたが、カイは平気でした。自分ひとりで歩いたり外へ出たりもできるのが、カイにはとても嬉しく誇らしいことなのでした。
 通りも半ばを過ぎた辺りです。カイの目にひとりの男が映りました。
 それは乞食でした。道の端(はた)に座ったその乞食は長い髪を無造作に垂らし、ぼろでカイと同じように全身を覆って肌を隠していました。ただカイと違っていたのは、指先や目元など、隠しきれない乞食のその肌は黒かったのです。
 漆黒の髪、漆黒の瞳──
 カイは吸い寄せられるように、乞食へと近づきました。

  **

 私は闇に生まれ闇に育ち、そして闇へと還る者です
 人は私を光とも呼び、救いだとも崇めます
 ですが私自身は光を知らず、救いの手の暖かさを知りません
 昏く冷たく、たったひとりで、私はいかねばなりません
 
  ***

 男は娘のカイを宿に残して近隣の村に商いに来ていましたが、ふと思いつき、もう少し足を伸ばしました。
「…………」
 目的地に近づいた時、男は息を呑みました。一面ひどい山津波の跡で、男が知っていた場所とはまるで違ってしまっていたからです。
 たまさかそこを通りかかった樵(きこり)に男は訊ねました。
「一体、何があったのですか。この近くにあった村は……村人は……」
 樵はじろりと男を見ました。
「この辺りに村があったなど聞いたこともない。あったとしてもこの有り様だ、助かった者はおるまいよ」
「いつ……」
「二年ほど前か」
「…………」
 嫌な汗が男の額を伝いました。二年前……それは男が、ここらにあったはずの村から命からがら逃げた頃でした。

「この子供を頼む」
 そういって差し出された子供はすっかり青ざめ冷たくなっていて、思わず男は怯みました。
「これは──死んでいるのではないのか……?」
「死んではいない。薬でこうなっているだけだ」
 子供を差し出した、黒い肌の男が言いました。
「だがこのまま放っておけば死ぬ……なるべく早く、体を温めてやってくれ。そうすれば息を吹き返す……」
「おまえがなぜ来ない?」
「俺は行けん。……務めがある。この村を出ることは出来ん」
 苦しげに黒い男はそう言うと、もう一度子供を愛おしげに抱きしめました。そして男に押しつけるようにし、せき立てました。
「さあ行け! 村人が気づく!」
 男はそれで、夜通し山中を駈けたのでした。
 腕の中に小さな白い子供をしっかりと抱いて──

 あの時あの男は、なんと言っただろう……
 ──この村は罰を受けるだろう。この子供を失えば、もしかしたら滅びるかも知れん──
 あの時俺は、何をバカなと思っていた。むしろ滅びるならその方がいいと思った。
 あの村の男達は幼い子供をかわるがわるに犯していた。それを見た俺を殺そうとした。あの黒い男が子供を助けることを条件に俺を逃がしてくれなければ、俺はあの村で死んでいた──
 そこまで考え、男は汗を拭いました。
 まさか、本当に村が滅んでしまうとは──

  ****

 息を吹き返した子供はすっかり記憶をなくしていました。ただひとつ、“カイ”という名を除いては。
 男はそれが子供の名でないことは知っていましたが、本当の名を知りませんでしたし、子供がそれを自分の名だと疑っていない以上、違う名を与えるのも憚られました。
 それで女の子には不似合いなその名前が、子供のものとなりました。
 カイの銀色の髪を目立たぬよう濃く染め、長袖の服を着せ滋養のあるものを食べさせて、男は黒い男の言った通りにかいがいしく世話をしました。カイはひどく弱っていて、最初はひとりでは動くことも出来ませんでしたが、男の献身のおかげで少しづつ元気を取り戻し、やがて男が作った杖を使って歩くことも出来るようになりました。
 男は特に子供好きという訳ではありませんでしたが、人並みに情けも道義もありましたから、手がかかってもカイを見捨てたりはしませんでした。
 それでなくても、カイは誰もが心を寄せずにはいられない、この上なく美しく優しい子供でした。
 またカイはとても聡明で利口でしたが、どうしたことか暗闇をひどく怖がりました。それで男は、夜も灯りを欠かしませんでした。そうすると眼を閉じても瞼がほの明るく、暗闇を遠ざけることが出来たからです。
 寝ついたカイの髪を撫でてやりながら、男は黒い男の言葉を思い出すのでした。

 この子供は闇に育ち陽を見ずに死ぬさだめだ。俺はこの子に、明るい世界、この世の幸せを見せてやりたい……

 あの時黒い男は、子供の従僕だと名乗りました。
 そして子供は、闇に輝くしろがねだと。穢れを浄める、何ものにも侵されない特別な存在だと言いました。
「ふざけるな! おまえ達はあの子供を、よってたかって……子供の足を切ったのもおまえ達だろう? 逃げないように、むごいことを……」
 匿われていた祠で男は詰め寄りましたが、黒い男はただ、
「余所者にこの村のことはわからん。あの子供のこともだ」と答えただけでした。
 ですが男にも、わかったことはありました。
 黒いこの男が、どれほど子供を思っているかということです。気づけば他の村人のように子供を犯したりも、この男はしていませんでした。
 あの夜、小さな体を押しつけるようにして「この子を頼む」と言った黒い男の表情。それは長く男の心に染みつき、なかなか消えませんでした。
 カイが目覚めた時何もかもを忘れていたのは、男にとっても救いでした。子供は本当に生まれ変わったのだと思いました。黒い男もあの村のことも、全て忘れて自分を父と慕う無邪気なカイが、いつしか男にはこの上なく愛しく大切な存在となっていったのです。男は黒い男が言った、子供の「特別な力」など信じてはいませんでしたが、確かに側にいるだけで癒され浄められる心持ちがするのでした。

 俺がこの子を必ず守る──そして幸せにしてやるのだ……

 カイの明るい笑顔、無垢な寝顔を見るたびに、男は強くそう思いました。

  *****

「おじさんは、誰……?」
 乞食に近づいたカイは、萎えた膝を折り畳むようにしてその間近にしゃがみ込みました。
 乞食は顔を上げました。吸い込まれそうに黒い瞳は、瞳孔が開ききっているためだとわかりました。
「おじさん目が見えないの……?」
 男は静かに答えました。
「そうだ。罰を受けた……」
「罰……?」
「嬢は足が悪いのか?」
 逆に乞食が訊ねました。
「……やっぱり見えるの……?」
 男は笑ったようでした。目元が優しく弛みました。
「足を引きずっていただろう。杖の音も聞こえた──これを」
と、男は懐をまさぐり何やら包みを取り出しました。
「痛む時は湯に溶かして飲むといい。少しはやわらぐ」
「……ありがと」
 カイは素直にそれを受け取りました。中にはいくつかの丸薬が入っていました。
「でもおれには、おじさんに上げるものが何もないよ」
 男はまた笑いました。
「いいんだ。嬢の声が聞けたから」
「……声……」
「嬢の声は、昔知っていた女の子の声にとてもよく似ている。嬢のように優しい子だった……」
「…………」
「もう二度と聞けないと思っていた声を聞けた。ありがとう……」
「おじさん──」
 乞食はまた顔を伏せました。何かが胸に迫って、カイがその乞食に身を寄せようとした、その時。

「カイ!」
 子供を呼ばわる大きな声がしました。
 弾かれたように乞食がまた顔を上げました。
 カイも振り返りました。
「父さん」
 男は今までカイが見たこともないような形相で、ふたりに駆け寄って来ました。カイが立ち上がろうとしたその刹那、思いがけない力で乞食がカイの腕を掴みました。
「……!」
 カイと乞食の盲いた目が合いました。カイは乞食の、万感を堪えるかのような表情を見ました。
 強く握った指先から、激しく切ないものがカイの心に流れ込んできます。思いの奔流に、カイは目眩を覚えたほどでした。
「あ」
 駆け寄ってきた男は、カイを乞食からもぎ取るようにして抱き上げました。その拍子に手にしていた杖が落ち、乞食の手を打ちました。乞食が拾い上げ差し出したそれを男は乱暴にひったくると、カイを抱いたまま無言で踵を返しました。
 だから男は、そしてカイにも、見ることは出来ませんでした。
 乞食が深く頭を垂れ手をついた地面に、涙の雫が次々と滲んでいくのを──
 ふたりの気配が消えるまで、乞食は頭を上げようとしませんでした。

 逃げるようにその場を去りながら、男は乞食の前で子供の名を呼んだことをひどく後悔していました。
 そうです。カイという名の本当の主は子供ではなく、黒い肌の従僕でした。
「父さんひどいよ……! あの人は目が見えないのに、おれに薬もくれたのに」
 カイは初めて見る男の激しさに怯えながらも、精一杯抗議しました。
「あれは乞食だぞ! あんな者に貰った薬など捨ててしまえ! おまえが穢れる──」
「おれは穢れたりしないよ! おれは浄めてあげるんだから──」
 男は立ち止まり、カイをまじまじと見ました。しかしカイは、自分が何を言ったかはまるで気づいてもいないようでした。
「カイ……」
 男はカイを抱きしめました。
「おまえは俺の、大事な娘だ。おまえが俺の宝なんだ……」
 カイには男が、何を苦しんでいるのかわかりませんでした。ただ男の悲しみだけがわかりました。
「ねえどうしたの? おれも父さんが大好き……本当だよ。もう下ろして……仕事で疲れてるでしょう? おれはちゃんと歩けるよ」
 男は黙ってカイを地面に下ろしました。ふたりは夕闇が帳を下ろし始めた往来を、カイの歩く速さでゆっくりと宿屋まで帰りました。先刻会った乞食のことは、もうふたりとも口にはしませんでした。

  ******

 男とカイは翌朝早々に宿を発ち、この町を再び訪れることはありませんでした。
 カイはいつの頃からか暗闇を恐がらなくなっていましたが、長い間、男はそれに気づきませんでした。
 また気づいた時も、カイが少しおとなになったのだとしか思いませんでした。
 いつかしら言葉遣いも改まり、カイはたおやかな少女へと変わっていました。
 旅暮らしの空の下、男は一層カイを慈しみ、カイもまた変わらず男を慕うのでした。


 
 夜の帳、閉じた瞼の向こうにある暗闇とは
 私を見つめる漆黒の眼差し
 私はもう、暗闇を怖れはしません
 それは私を抱きしめるくろがねの腕(かいな)──
 深く切なく、寄り添う心を私は知ったから……


  
   了





テキスト投稿サイト「小説家になろう」有志による短編企画、「覆面小説家になろう2008 秋」参加作です。
5000文字までの短編企画ということで、複数のレビュアーから「書かんとする内容に比して文字数が足りない」という指摘を頂いたのですが、この文字数は書き手の努力の結果でもありますので、若干の改変と送りがなを加えた他はそのまま掲載させていただきます^^;
よろしければ、ぜひ感想などお聞かせください。





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Date:2008/11/20
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Thema:自作小説
Janre:小説・文学